□ すぐ傍に □



 彼女は死んだ。
あっけなくも命は消え去る。
その意味すらも理解出来ないまま、大人にならなくてはならなかった。
閉じ籠めた記憶の数だけ罪はどんどん重くなっていく。
庇護の下の命から抜け出した途端、恐怖に戦いている自分勝手な人間。
想い出に縋り着くしか脳のないちっぽけな生き物なのだ。


 さっちゃんが死んだ。
カメラやマイクを持った大勢の人間で塗り潰される道路。
気分が悪い。
近所の人はマイクを向けられて平気で話す。
他人事みたいに語っては一様に繰り返す。

「あんなことする子じゃなかったのにねぇ。ホント吃驚ですよ」

他に言葉が出ないんじゃないかと疑わせる程にテレビからはそんな台詞しか流れなかった。
さっちゃんの母は瞳に涙を溜めて画面を凝視している。
噛み締められた唇が痛そうで、彼女を背中から抱き締める。
構図的には抱き着いた形だが。

「元気、出して」

言えるのはそれだけ。
何の慰めにもならない。
さっちゃんの母を救えるだけの器量はない。
だけども、傍にいたかった。
本物の母親に縋る様に彼女の服の裾を握る。
背中から伝わる鼓動と振動、微かに聴こえる嗚咽。
無力な自分を思い知る。
少しでも力になれば、と背中を強く抱く。

「アリガトウ」

彼女の小さな声が耳に届いた。

「ゴメン、ナサイ」

小さな声が口を出る。
意識もなく涙腺は緩まって、顔が濡れた。
水滴が彼女の服に染みていく。

「さっちゃんの願い、届いたかな」

さっちゃんが嫌いだった和室。
仏壇の前に座る着物姿のさっちゃんの母。
倒錯する思考。

「届いたの。あの子はきっと、幸せよ」

嘘だ、と思う。
一瞬の表情を見た。
さっちゃんは苦しそうに顔を歪ませて、喘ぐみたいに掌を宙に泳がせた。
最期の顔は苦痛そのものでしかない。
それを幸せと呼べるのか、解らない。

「ゴメン、さっちゃん」

出来ること。
謝ることしか浮かばない。
さっちゃんの母は他人を責めない。
自分を責めている。
悪いのは誰だったのか、誰にも解りはしない。




 世間を泳ぐ言葉。
虐待、殺人。
さっちゃんの心身に残る傷は、さっちゃんの母が刻んだもの。
さっちゃんの母が僕にくれたものは、母親の温もり。
僕が奪ったもの。
さっちゃんの命。
辛い選択だった。
さっちゃんのお願いは何時でも無理難題で、知的障害を患っている僕には困難なことばかり。


 さっちゃんは傷の付いた体を抱える様に座って僕を見る。
羨望や嫉妬の眼差しだと、僕には気付けるだけの脳が無かった。
僕は周りからの評判は良かった。
さっちゃんはどちらかと言うと悪戯娘で叱られることも多い。
さっちゃんの母は女手一つでさっちゃんを育てている。
ただでさえ大変な筈なのに、僕を引き取ってくれた。
でも、そのことが彼女の重みになっていたんだろう。
彼女は仏壇のある和室でさっちゃんに手をあげるようになった。
さっちゃんが和室にいる時はいつも泣いている。
さっちゃんも彼女も、とても辛そうだった。


 ある時、さっちゃんが呟いた。
死にたい、と喚いては部屋の中の小物を手当たり次第に投げつける。
さっちゃんの顔は涙でグチャグチャだった。
さっちゃんのお願いは、僕の中では絶対だ。
お兄ちゃん殺してよ、とさっちゃんが僕に縋る。
さっちゃんの腕を掴んだ。
想像以上に細い腕が僕の何かを掻き立てる。

「さっちゃん」

止まらなかった。
体の中心がドクンドクンと脈打って訳の解らない高揚感に包まれる。
気付いたらさっちゃんの体を抱き締めていた。
小さなさっちゃんを愛しく感じた瞬間に、僕のちっぽけな理性は崩れ落ちていった。


 唇から紡がれる熱い吐息。
抵抗するさっちゃんの手足。
押さえ付ける僕の手足。
服を剥ぐ。
肌の白さに動悸が速くなった。
柔らかい胸に手を這わせていく。
まだ膨らみ始めたばかりの小さな胸が僕の手に収まった。


 それからは、目茶苦茶だった。
記憶も曖昧で本能のままにさっちゃんを辱めたことだけを覚えている。


 気付けば、さっちゃんの顔が苦痛に歪んでいた。
股からは血が流れていて、僕はパニックに陥る。
酷いことをしたのだろうか、と恐る恐るさっちゃんを窺った。
嫌々と首を左右に振り、僕の胸元に手を添えている彼女は、痛い痛いと仕切りに繰り返し呟いている。

「さっちゃ……ゴメ」
「お、兄ちゃ。痛い、痛いよぉ。お兄ちゃんのバカバカ! 抜いてよっ」

さっちゃんの手が僕の胸を叩く。
僕は慌てて抜こうとして身を引いた。
途端に体中に電流が走る。
気持ち良かった。
僕は抜けた分をまたさっちゃんの中に入れていく。
甲高い声が部屋に響き渡っても、止めてあげることが出来なかった。
夢中で腰を振り、初めて覚えた快楽を貪る。


 次第にさっちゃんの顔に苦痛以外のものが混じり始める。
あっぁっ、と気持ちの良さそうな声をあげて僕にしがみついていた。
その体を抱き締めて、僕は果てた。


 荒い息を吐きながら抜くと、さっちゃんの股から僕の残した名残が零れ落ちる。
僕はそれを見詰め、また熱くなる体に戸惑う。
其処に手を伸ばし、指で撫でた。
ぐったりとしていたさっちゃんがビクリと跳ねる。
ゆっくりと中へと入れていく。


 突然、頭に痛みが走った。
顔を上げると、さっちゃんの足が僕の頭に直撃していた。
僕が指を抜くのを見て、さっちゃんも足を下ろす。

「さっちゃん……」
「……殺してよ。早く殺しなさいよ。お兄ちゃんのせいで私の人生目茶苦茶なんだから! 少しでも悪いと思うなら、殺してよ」

口許を押さえてさっちゃんが崩れる。
顔を反らし鳴咽と共に涙を流す。
死んで幸せになりたい、と泣き続ける。


 僕は困り果ててしまって、さっちゃんの頭を撫でることしか出来なかった。
どうしたら人を殺せるのかを考えてみても、良く解らない。
さっちゃん、と呼び掛けた。
腫れた目が僕を捉える。

「僕は、どうしたら良いの? 僕がさっちゃんを幸せにするよ」
だから泣かないで、と笑う。
さっちゃんは急に体を起こして僕に抱き着いた。
唇に柔らかな感触を感じる。
さっちゃんの唇がくっついていた。

「お兄ちゃん。母さんのこと宜しくね。大好きだよ……シンちゃん」

ふわりと微笑んでさっちゃんは僕から離れた。
そうして、さっちゃんの手が僕の手首を掴み、彼女の首まで導かれる。

「イイ? 思いっ切り首を締めるの。絶対、やめちゃダメだからね?」

さっちゃんの手が離される。
僕は頷き、殺すことの意味も解らないままにさっちゃんの首を締めたのだった。




 さっちゃんが動かない。
名前を呼んでも叩いても、動かない。
顔色も悪い。
僕はさっちゃんの名を呼び続けていた。
さっちゃんの母が帰ってくるまでずっと――




T O PNovelLog